キーマンたちから学ぶ 『日本管理会計学会』




現在、多くの業界でサブスクリプションビジネスへの移行が加速している。サステナブルな社会の実現を見据えたシェアリングエコノミーの拡大やDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進といった、社会的な変化もこれを後押ししている。しかし、サブスクリプションビジネスは研究テーマとしてはまだ新しく、産学横断の取り組みはあまり手が付けられていないのが実情だ。そうした中、日本管理会計学会における2021年度からの共同研究テーマに策定されたのが、「サブスクリプションビジネスのモデル化」である。この活動を主導する高橋邦丸氏と青木章通氏に話を伺った(聞き手:株式会社サブスクリプション総合研究所 代表取締役社長 宮崎琢磨)。



管理会計の研究者が産学共同でアプローチするサブスクリプションビジネスのモデル化

管理会計から見たサブスクリプションモデル

―そもそも管理会計とはどういうものなのか、あらためて教えてください。

高橋会計は大きく財務会計と管理会計の2つに分けられます。財務会計は、企業の財務状況を利害関係者に公表する対外的な会計です。一方の管理会計は、社内向けのKPIを含んだ会計情報として、経営者をはじめとするマネジメント層が、目標設定や投資計画などを行う際の意思決定に役立てられます。

―ビジネスパーソンにとって、より身近な会計が管理会計なのですね。日本管理会計学会では、どんな活動をされているのでしょうか。

青木日本管理会計学会は、管理会計の研究、教育および経営管理実務に関心をもつ研究者だけでなく、公認会計士や税理士、企業の会計部門のマネージャーなど実務家も加わった組織です。そのため活動の間口は広く、産学共同研究にも力を入れています。2021年9月から始まった「サブスクリプションビジネスのモデル化とその評価に関する研究」もその一環です。

―管理会計とサブスクリプションモデルはどんな関連があるのでしょうか。

高橋例えば製造業におけるサブスクリプションモデルは、顧客の初期投資を軽減し、毎期の支出に変えることで投資計画に影響を与えます。製造業自身にとっても製品を一度に売るのではなく、定期的に収益が発生する形態に変わることで、管理会計に大きな変化をもたらします。業績評価においては顧客のニーズに合わせて設備とサービスを提供し、お互いが目標を達成することが重要です。そうした観点からも管理会計とサブスクリプションは密接に関連していると言えます。


―今般の産学共同研究では、どんな成果が見えてきましたか。

青木高橋先生から製造業に関するお話をいただきましたが、実のところ管理会計とサブスクリプションの関係性については、これまでほとんど研究が進んでいなかった領域です。答えになっていないかもしれませんが、ようやくそのスタートラインに立ち、具体的な研究テーマを策定するための道筋を立てることができたと考えています。

“お得意様”が企業の収益にもたらす効果はあるのか?

―高橋先生と青木先生のそれぞれの研究テーマについて、ぜひご紹介ください。

高橋私が研究者になりたてのころから強い関心をもっていたのが、いわゆる「組織スラック」です。組織スラックとは、企業がもつ余裕・余剰資源を指します。この研究では、余裕・余剰資源を会計データから測定し、それが企業の業績や成長性にどのような影響を及ぼすのかを明らかにすべく取り組んできました。
現在の研究ではマーケティング分野に向かっており、例えば「企業がお得意様をもつことにどれほど意義があるのか」といった研究を行っています。これまでのマーケティング施策からすれば、顧客エンゲージメントを高めてお得意様を増やすことは“王道”と言えますが、そこに疑問があったのです。
個人的な話になりますが、私が馴染みの寿司屋に予約を入れると、大将はいつも特別なネタを仕入れてもてなしてくれます。顧客の立場からはうれしいことですが、普通なら定番のネタを仕入れておけばよいところ、特別なネタを仕入れることで当然原価は上がり、利益は薄くなってしまいます。そんな日常の体験からも、「お得意様は本当のところ収益向上に貢献するのか」と感じていました。
何とかこれを定量的に測定できないかと考えていたところ、有価証券報告書で開示されている売上高の10%以上を占める「主要顧客情報」が使えるのではないか、と思いつきました。売上高に占める主要顧客の割合が10%、20%、30%と高まっていくことで、利益はどのように変わっていくのか、あるいは企業の成長性にどのような差があらわれてくるのかを調査してきました。
このように経営学やマーケティング論の中で語られてきた「常識」や「定石」といったものが果たして本当なのかどうか、会計情報を使って実証したい、明らかにしていきたいという一貫した思いをもって研究に臨んでいます。

―お得意様とつながり続けることはサブスクリプションの本質でもあり、詳しく知りたいです。実際、高橋先生の研究からはどんな結果が得られましたか。

高橋結論から言うと、お得意様の割合が高まったとしても、目先の業績に思ったほどの効果はもたらしません。お得意様に対しては営業活動がほとんど不要となるため販売管理費を抑えることができますが、一方で私の実体験からも述べたとおり特別な対応をするために原価率が上昇しがちで、結局、差し引きがゼロになってしまうのです。ただし中長期的な利益持続性の観点からは、やはり多くのお得意様をもつことは企業に大きなプラスの効果をもたらします。

サービス業で求められる変動価格制導入のあり方

―青木先生の研究テーマについてもぜひご紹介ください。

青木私は一貫してサービス業の管理会計を研究テーマとしてきました。なぜこれに取り組んできたかというと、日本企業の管理会計の多くは製造業における原価管理に端を発しており、サービス業での取り組みが手薄だったからです。
具体的には、変動価格制の導入がサービス業の収益にどんな効果をもたらすのかを明らかにしたく研究を進めています。
ホテルや航空機、鉄道、映画館、ある意味では学校も同様ですが、多くのサービス業は現時点でのキャパシティ(客室数、座席数、定員など)が限られており、その中でいかに収益を最大化するかを考えなくてはなりません。そこで注目したのが変動価格制です。

―サービスに対する需要と供給のバランスを見極めた価格を動的に設定できれば、収益を最大化することができますね。

青木たしかに正論ではありますが、物事はそれほど単純ではありません。サービス業の場合、顧客と長期的につながって関係性を深めていくことで、繰り返しサービスを利用してもらうことも重要な戦略となるからです。
需要と供給のバランスだけを見て価格を設定すると、その瞬間は大きな利益が得られるかもしれませんが、急に跳ね上がった価格に対して顧客の反発を招くなど、企業の信用やイメージが低下してしまうリスクがあります。
そうした中でよく引き合いに出されるものに「ジレットモデル」があります。このモデルは、その名のとおり髭剃り用カミソリメーカーの米ジレット社が最初に打ち出したビジネスモデルに由来するもので、製品本体(髭剃り)を低価格で提供し、消耗品(替刃)を継続的に販売することで長期的な利益を確保します。
「損して得取れ」ということわざもありますが、あえてどこかで損を出してでも、別のところでしっかり利益を維持していく、トレードオフの考え方を変動価格制の中に組み込んでいくことも重要なポイントになるのです。
そのための施策を勘と経験だけではなく、明確な裏付けをもった会計情報から導き出していきたいと考えています。

製造業の変革や社会課題解決のために研究をさらに前進させていく

―高橋先生、青木先生ともに非常に興味深い研究を手がけられており、期待は高まるばかりです。今後の取り組みの展望についてもお聞かせください。

高橋日本管理会計学会を通じてサブスクリプションビジネスのモデル化という新たな研究テーマと出会えたことは、私個人にとっても大きな刺激となっており、本格的に取り組んでみたいと考えています。
先にも述べたとおり、サブスクリプションをベースとしたビジネスモデルはさまざまな設備を導入するユーザー企業の投資計画に大きな影響をもたらすとともに、製造業自身の収益構造を劇的に変革していく可能性があります。設備の一時的な売り切りではなく、リースとサービスを組み合わせたパッケージとして提供することで、ユーザー企業と製造業はより長期的な関係性を構築できるようになります。
これまであまり手が付けられていなかった管理会計のアプローチを通じて、変革を日本の製造業の間に広めていくため、数年単位のスパンで研究に取り組んでいきます。

青木変動価格制について述べさせていただきましたが、この考え方は最近では鉄道会社をはじめとする公共交通機関の間にも広がりつつあります。通勤・通学の定期券に時間帯別の料金を設定してはどうかというもので、要はラッシュ時間帯の料金を高く、それ以外の時間帯を安く設定することで、乗客の分散化を図り、繁閑格差を縮小します。
ラッシュ時間帯の電車の混雑と遅延は大都市圏における慢性的な課題ですが、路線の複々線化やホームの伸長、新線建設といったインフラの改修には膨大な費用がかかるため容易ではありません。鉄道各社はこれまでもオフピーク通勤・通学を呼びかけてきましたが、抜本的な解決には至っていないのが現状です。
こうしたさまざまな社会課題の解決に変動価格制が寄与できる可能性があるため、私もさらに研究を前進させていく所存です。

―本日は貴重なお話をありがとうございました。

高橋 邦丸(たかはし くにまる)氏 ※写真中央

青山学院大学 経営学部 教授

青木 章通(あおき あきみち)氏 ※写真右

専修大学 経営学部 教授

編集・発刊
株式会社サブスクリプション総合研究所

2023年11月1日発行「Subscription YOU 09」

Web公開日

2023年11月14日

※本記事は公開日時点での情報を記載しております。

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